今日は、実家で暮らしていた時の「洗濯物の闇」についてお話ししていこうと思います!
有難いことに、うちの家では洗濯物は常に母親1人でしてくれていました。
4〜5人家族(訳あり、変動あり)だったので、育ち盛り、部活盛りのときなんかは、毎日毎日、3回くらい洗濯機を回し、洗濯物を干し、畳みをしてくれていました。
母は洗濯物を畳んでしまうことがとても上手です。
とても綺麗に畳んで、綺麗にしまってくれていました。
未だに洗濯物を畳むことが苦手な私は、どうやったらそんな綺麗に畳めるのか、謎でしかありません。笑
とても綺麗に畳んでしまってある洗濯物、それは見るからに清潔でした。
あの日までは、、、
あれは、私が大学生くらいの時だったと思います。
昼間に家でゴロゴロしていた時、母親はいつも通り洗濯をはじめました。
家では、洗濯物は洗面所の片隅に置いてあるバスケットに入れることが暗黙の了解です。
いつものように、溜まった洗濯物をバスケットから取り出し、洗濯機に投入していきます。
そして、洗濯機が洗濯完了のチャイムを奏でたところで事件が発生しました。
なんと!!あろうことか、洗濯が完了したばかりの神聖なる洗濯物を、”あの洗面所の片隅バスケット”にどんどん入れていってるではありませんか!!
なんということでしょう。
これまで綺麗だと信じ込んでいたあの洗濯物たちは、洗い終わり直後にまた汚染されていただなんて。
伝わってますでしょうか?
つまり、母は、未洗濯の洗濯物を入れているバスケットに、洗濯済の洗濯物を入れて、外まで運んで干していた。そういうことになります。
直ちに問いかける私
私「え。今まで洗濯物っていつもこういう風にしてた?」
母「そうやでー」
私「。。。」
もうこの頃には強迫性障害の症状も大分に落ち着いてきていたので、パニックにはなりませんでしたし、軽く流して受け入れられる程度にはなっていました。笑
昔なら、全部の洗濯物を洗い直して干し直して、全てのタンスを綺麗に拭いて、最後にシャワーを浴びる。こんなことしていたかなーと思います。
症状が強い時は、どんなしんどい思いをしようとも、”自分の感じる綺麗”な状態に持っていこうとするものでしたが、落ち着くと、そこまですることをいい意味で諦めることができるようになるものなのです。
「いい意味で諦める」ことができるようになることは、強迫性障害からの離脱の第一歩なのだろうと感じる思い出話でした。
ちなみに、このお話し周りの人にすると
「それは汚いと思うー」って人と「私、普通に未洗濯物と洗濯完了後の服を同じカゴに入れてるー」って人が半々ぐらいでした。笑
みなさんはどうでしょうー?
では
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